図書館ボランティア「小荷駄のみどりから・・・」の会員8名が、2021年10月29日、『山形謄写印刷資料館』(山形市銅町)を見学しました。
本年度の「小荷駄のみどり出版文化賞」受賞記念講演(6月12日)をしていただいた株式会社山形中央印刷社長の後藤卓也氏のお言葉に甘え、同資料館の案内をお願いしたものです。
(解説する後藤卓也館長)
資料館は会社の倉庫の2階。ガリ版印刷黎明期から最近までの作品や印刷器具など約7,000点の資料が保管・展示されています。
なかでも後藤社長(資料館長)が大切にしているのが、俳優の故・佐藤慶氏から譲り受けたところの、同氏が俳優業だけでは食べていけなかった時代に副業としていたガリ版印刷の作品(名簿、台本、制作資料など)です。出来栄えはまったくのプロ!
多種多彩な戦前からの広告チラシやポスターはもとより、とてもガリ版印刷とは思えない美術作品たちにも目を惹かれます。とくに「孔聖」とか「謄写印刷の神様」と言われた草間京平(1902~1971)の「見返り美人」には目を見張ります。
また「新約聖書ギリシヤ語辞典」(1956)には、その強い意志力と膨大な労力に敬服させられました。
一方、どこでも手軽に印刷ができるガリ版印刷の特性を生かした数々の非合法印刷物にも注目です。戦前の農民組合のアジビラ、賭博の仕法書、エロ地下文学等々、その情熱に圧倒されます。
興味深かったのは、昭和13年に戦艦「陸奥」の艦内で発行された「むつ新聞」です。1月の出港から10月までの航海だったのでしょうか、1月の発刊時は稚拙な誌面ですが、航海中にみるみる上達し、帰港した10月の休刊時には多色刷りの絵が描かれるほどになっています。
「新約聖書ギリシヤ語辞典」
「むつ新聞」創刊号
「むつ新聞」休刊号
ちなみに、資料館で昭和40年(1965年)の日本テレビ「11PM」(「大久保清」特集。愛川欽也、朝倉匠子、今野雄二、小野ヤスシ、飯塚文雄等出演)の台本とともに、平成8年(1996年)の「サザエさん」の台本もみつけました。テレビや演劇の台本は比較的遅くまでガリ版印刷で作成されていたようです。
そういえば、身の回りの人たちに訊くと、ガリ版印刷の体験があるのは、いまの50代半ば以上の世代に限られるようです。
筆者は、中学時代にクラス担任の国語教師から、日刊の学級新聞発行を命じられた経験があります。クラスの全員が一人ずつ当番で担当し、ガリ版と鉄筆と原紙と修正液を自宅に持ち帰り、翌日までB5版の学級新聞を製作してくるのです。
大学時代には演劇の台本、詩集、評論などをガリ刷りしていました。思えば、このころは鉄筆で手指の筋肉が鍛えられ、字がきれいだったような気がします。もっぱらキーボードになったこの30年ほどで、手指は衰え、まったくの悪筆になってしまいました。
振り返ってみれば、鉄筆で字を書き、謄写版で1枚1枚印刷する行為は、湧き上がる情熱なしにはできませんでした。ここの資料たちには、なにより情熱のあった時代の日本を感じさせられます。
なお、この資料館は後藤氏が経営する会社の敷地内にありますが、あくまで後藤氏が個人的に運営しているもので、常時開館しているものではありません。見学依頼があって後藤氏が都合のつく時間に公開するということになっています。
(文責 企画広報担当・高橋)